8月13日「信仰は聞くことから始まる」(ローマ人への手紙10章14-17節
- 木村太
- 2023年8月13日
- 読了時間: 4分
■はじめに
皆さんはどのようにしてイエスを救い主と信じましたか。ほとんどの人は教会で神やイエスのことを聞いて信じたと思います。中には、「テレビやラジオ、インターネットのメッセージを聞いて」という人もいるでしょう。一方で、イエスについて何も知らない人が突然「イエス様は救い主だ」とはなりません。これは他の宗教でも同じです。そこで今日は、信仰には何が必要なのかをローマ10:14-17を中心に見てゆきましょう。
■本論
Ⅰ.信仰はキリストのことばを聞くことから始まる(ローマ10:17)
キリストよりもはるか昔の時代から、神はイスラエルの民にご自身のことばを聞くように命じています。例えば、申命記ではこのように語っています。
「イスラエルよ、聞いて守り行いなさい。そうすれば、あなたは幸せになり、あなたの父祖の神、【主】があなたに告げられたように、あなたは乳と蜜の流れる地で大いに増えるであろう。 (申命記6:3)」
神がどんなお方であるのか、そして神は何を人に求めているのか、それを知らなければ人は神を信じ、神に従うことはできません。だから神は「聞いて守り行いなさい」と命じるのです。もちろん神がこう命じるのは「あなたは乳と蜜の流れる地で大いに増えるであろう。」とあるように、信じて従った者を祝福する、という神のみこころから出ています。神にとって、信仰と聞くは切り離せないことがらなのです。
パウロは「信仰と聞く」の関係をキリストと信仰に適用しました。それがこのことばです。
「ですから、信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。(ローマ10:17)」
キリストはご自身が何者であるのか、何のためにこの世に来たのか、そしてキリストを信じた者と信じない者には何が待っているのかをお語りになりました。人が聞く必要があるから語ったのです。
人は神に背いている存在ですから、本来は神の怒りのゆえに永遠の滅びに行かなくてはなりません。神はそれを放っておいてもいいのです。けれども、神は「聞く」という手段を用いて、聞いて信じる者を滅びから救い天の御国という計り知れない祝福を与えました。「キリストについてのことばを聞く」というのも当たり前ではなく、神のあわれみによるのです。
Ⅱ.神はあわれみによって、滅びに向かう人々のところへ派遣し、みことばを宣べ伝えさせる(ローマ10:14-15)
さて、キリストのことばを聞くためにはどんな手段が必要でしょうか。パウロはこう言います。
「しかし、信じたことのない方を、どのようにして呼び求めるのでしょうか。聞いたことのない方を、どのようにして信じるのでしょうか。宣べ伝える人がいなければ、どのようにして聞くのでしょうか。遣わされることがなければ、どのようにして宣べ伝えるのでしょうか。『なんと美しいことか、良い知らせを伝える人たちの足は』と書いてあるようにです。(ローマ10:14-15)」
パウロは2つの必要を言っています。一つは「宣べ伝える人」すなわち「聞く人が分かるように語る者」、もう一つは「遣わされること」すなわち「聞く人の場所に派遣されること」です。ただし「宣べ伝えること(宣教)」と「遣わされること(派遣)」は単なる人の仕事ではありません。そこには神が関わっています。キリストが来られる前、いわゆる旧約の時代は、滅びを逃れさせるために、神は預言者などを遣わし、なすべきことを伝えさせました。そののち、キリストが地上に遣わされ、しるしとともに福音を伝えました。そして十字架で死んでよみがえり天に戻られた後は、キリストは使徒たちを初めとするクリスチャンに福音を託し、宣べ伝える働きを委ねました。
つまり、派遣と宣教は神のあわれみゆえにもとづいた神の代理としての働きなのです。神は罪故に苦しみ、もがき、不安や恐れといった暗闇にある人々を解放して天の御国という光に導くために、人を派遣し福音を伝えさせているのです。派遣も宣教も人間の働きではありますが、実は人の働きを通して、神自らが近づいて行って救おうとしているのです。
■おわりに
神は人を大事に思っているから、救いに必要なことばを人に与えています。そして、救いを必要とする場所に人を送り、救いに必要なことばを人に伝えさせます。ここから今日は3つの「忘れないこと」を勧めます。
①私たちが関わっている人すべてを神は大事に思っている
②派遣(国、地域、職場、家庭...)と宣教(語る内容)は自分の意志ではあるけれども、そこには神の力が働いている
③私たちにとって大切なのは「行って伝えること」であり、結果を出すことではない
私たちは礼拝の祝祷によって救いを必要とする場所に送り出され、その場所で福音を告げ知らせます。神の代理人という自覚を持って、キリストを伝えてゆきましょう。
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