2月2日「八つの幻②~四つの角と四人の職人~」(ゼカリヤ書1章18-21節)
- 木村太
- 2月2日
- 読了時間: 7分
■はじめに
平家物語の書き出しにこのような言葉があります。「おごれる人も久しからず。唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。」栄華を極めて勝手なふるまいをする人は長くその身を保つことができない、というこの世の道理を言っています。いわゆる「盛者必衰」の理です。聖書もこの道理を扱っていますが、聖書では誰が滅ぼすのかということを明確に語っています。例えば、使徒ペテロはこう言っています。「神は高ぶる者には敵対し、へりくだった者には恵みを与えられる(Ⅰペテロ5:5)」神はご自身に対して高慢な者を必ず滅ぼし、反対にへりくだったものすなわち神を信頼し従順な者には良いものを与えます。今、世界を見ると自分のことをあたかも神のように誇り、幅を利かせている国や人がいます。しかし、神はそういった者を放ってはおきません。今日は2番目の幻から、高ぶった者の末路についてみことばに聞きます。
■本論
Ⅰ.四つの角はイスラエル民族を散らし、世界を征服して高慢になった国々を表している(1:18-19)
ゼカリヤは主の巡察隊という幻に続いて2番目の幻を見ました。1番目の幻では「夜、見た」とありますが、2番目以降は「夜」がなく、しかも連続しています。幻と幻の間に何らかの出来事が入っていません。ですので、ゼカリヤは一晩のうちに八つの幻を見たと思われます。主は連続して見せることでご自身のみこころを強く伝えました。
ゼカリヤが注目すると、驚くことに4つの角(つの)がありました(18節)。角は文字通り牛やヤギの角ですが、当時のユダヤ文化では力強さや無敵の象徴でした。ダニエル書でも角は世界を征服する王を現しています(ダニエル7:8)。それでゼカリヤは伝令役の御使いにこれらの角について聞きました。それに御使いはこう答えました。「これらは、ユダとイスラエルとエルサレムを散らした角だ。(19節)」
「ユダとイスラエルとエルサレムを散らした」とありますので、この角は「南王国ユダ、北王国イスラエルそして神の都エルサレム」を滅ぼして散らしました。それゆえ、「無敵」という象徴を含めて解釈すると、4つの角は神の国を滅ぼし、神の民を散らした強大な勢力を現しています。さらに、21節では「国々の角」と言っていますので、この角は無敵の国々なのです。
この4つの角が具体的にどこを表しているのかは解釈が分かれています。いくつかご紹介します。
(1)「四」を四方と解釈して、神の国を取り巻く敵国
(2)ユダとイスラエルとエルサレムを散らし、世界征服した4つの国
①アッシリア、バビロニア、メディア、ペルシア
②バビロニア、メディア・ペルシア連合、ギリシア、ローマ
幻の中ではっきりとした解説が無いので確定はできませんが、北王国と南王国を滅ぼしてイスラエルの民を散らし、さらにゼカリヤの時代までを扱っていることから、「アッシリア、バビロニア、メディア、ペルシア」と見るのが良いでしょう。ただ、いずれにしても主は角という幻を通して、「神の民を散らした国を神ご自身が観察している」ことをゼカリヤに示したのです。
捕囚から解放されてエルサレムに戻ってきた民は神殿再建工事を始めましたが、現地の敵による妨害によって工事は中断し18年間もそのままです。その上、彼らが期待しているような神の介入もありません。彼らは現状を見たときに「神はまだ怒ったままなのか/まだ自分たちは見放されているのか」という思いになったでしょう。しかし、神は神の民がどのような状況にあるのかをすべてご存じです。決して見放し見捨ててはいないのです。これは現代に生きる私たちも同じです。神は私たちがどのような苦しみに会っているのか、どのような勢力がクリスチャンを苦しめているのかをご覧になっています。そして、神のタイミングで私たちに介入されます。これが私たちのなぐさめと希望になるのです。
Ⅱ.角は職人によって滅ぼされるが、その職人もまた次の職人によって滅ぼされる(1:20-21)
角に続き間髪入れずに主は新しいものをゼカリヤに見せます(20節)。職人は大工や石工、鍛冶職人などの熟練工を意味します。これも明確な説明がないので、何の職業なのか特定できません。ただ、21節「打ち滅ぼす」とありますから、鍛冶職人のイメージがふさわしいと思います。大事なのは、主がこれらの職人を「何かを作って生み出す者」ではなく、「叩いて滅ぼす者」としてゼカリヤに見せたことです。
それでゼカリヤは、四人の職人が何をしに来たのかを主に尋ねます。その問いに御使いが答えます。「これらはユダを散らして、だれにも頭をもたげさせなかったあの角だ。この人たちは、これらの角を震え上がらせるために、やって来たのだ。ユダの地を散らそうと角をもたげる国々の角を打ち滅ぼすためだ。(21節)」
彼はまず、四人の職人が「ユダを散らして、だれにも頭をもたげさせなかったあの角」と言います。「だれにも頭をもたげさせなかった」とあるように、何ものもこの角に抗うことすらできません。すなわち職人は「神の国を滅ぼし、神の民を散らして世界を征服した国」なのです。その上で御使いは、職人の目的を「ユダの地を散らそうと角をもたげる国々の角を打ち滅ぼすためだ。」と言います。「角をもたげる」は相手を倒そうとすることに加えて、「自分が相手より強いという高ぶり」を表します。つまり、「神の国を滅ぼし散らそうとする高ぶった国」を職人が恐怖で震え上がらせて滅ぼすのです。
職人であり角であるとはいったいどういうことでしょうか。イスラエルの歴史を振り返ると、先ほどの4つの国は神の国を滅ぼし神の民を散らしただけでなく、世界を支配していた国を滅ぼしました。しかも、何ものも抗うことができないほど強大でした。だから職人であり角なのです。
・アッシリア:北王国イスラエルを滅ぼし、住民を捕囚。エジプトを征服。
・バビロニア:南王国ユダを滅ぼし、住民を捕囚。アッシリアを征服。
・メディア:ペルシアとの連合でバビロニアを征服
・ペルシア:メディアを征服
ただし、歴史が証ししているように、これらの国はさらに勢力を伸ばそうとするにつれ国力が低下し、新たな国に滅ぼされました。いわば、高ぶりが滅びを招いたのです。ちなみに、ゼカリヤ以降の歴史を見ると、ペルシアはマケドニアのアレクサンダー大王によって征服されます。そしてマケドニア大きく言えばギリシアもまたローマ帝国によって滅ぼされます。そのローマ帝国も東と西に分かれ、東ローマはオスマン帝国に滅ぼされ、西ローマはゲルマン民族に滅ぼされます。
「巡察隊」の幻で主はこう言いました。「しかし、わたしは大いに怒る。安逸を貪っている国々に対して。わたしが少ししか怒らないでいると、彼らは欲するままに悪事を行った。(1:15)」神の国を滅ぼし神の民を散らした上、「安逸を貪っている」すなわち「自分たちがあらゆるものの頂点に立っている」と主に対して高慢になっている国は必ず主によって滅ぼされます。職人として古い角を滅ぼし新しい角として世界の頂点に立ったとしても、いずれは新しく出て来る角によって滅ぼされるのです。
いまだエルサレムの民はペルシアの支配下にあり、神の国として復興していません。けれども、主は四つの角と四人の職人の幻を通して、神の民を苦しめる国が必ず滅ぼされることを伝えました。まさにハバククに預言されていたことがらがその通りになるのです。主のことばを信頼しきれない民を、主は怒ることなくあきれることなく、彼らに希望となることばを与えます。「わたしは、エルサレムとシオンを、ねたむほど激しく愛した。(1:14)」これは決して変わらないのです。
■おわりに
角が新しい角によって滅ぼされるごとく、神はご自身に対して高ぶっている者や民族、国家を何らかの方法で必ず滅ぼします。これは歴史を見れば明らかです。その一方、神は永遠にあり続ける神の国を私たちに明らかにし、しかもそこに入る道も備えてくださいました。それがイエスを救い主と信じる信仰です。「神は高ぶる者には敵対し、へりくだった者には恵みを与えられる(Ⅰペテロ5:5)」とペテロが教えるように、どれほど神に高ぶっていたとしても、神の権威にひれ伏し、イエスという神が定めた救いの道に進む者は「恵み」すなわち天の御国に入れます。イエスが再びこの世に来られた時、高ぶる者は滅びに行き、へりくだった者は天の御国に行き、永遠の平安と喜びの人生が始まります。これが私たちのなぐさめであり、支えであり、希望なのです。
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