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3月23日「八つの幻⑧~四台の戦車~」(ゼカリヤ書6章1-8節)

  • 木村太
  • 3月23日
  • 読了時間: 7分

■はじめに

 聖書は「神が悪を滅ぼすから、自分で復讐せず神に委ねること」を一貫して説いています(ローマ12:19,ヤコブ1:19-20,エペソ4:26-27など)。神は人が自分の判断に任せて手を下すことを良しとしていません。なぜなら、人は善悪や正・不正の判断を誤ったり、ときには意図的に歪めたりするからです。また、怒りに任せて限度を超えて罰してしまい、かえって自らが悪をなしてしまうことがあるからです。その一方で、私たちは「悪が罰せられないと気持ちが収まらない」という性質も持っています。だから、悪が野放しになっていると、「神は何をしているのか」と思ってしまうのです。今日は、「神の国完成に向けて神は何をなさるのか」について聖書に聞きます。

 

■本論

Ⅰ.主は四台の戦車を地のすべてに遣わし怒りを下す(6:1-8)

 ゼカリヤは「空飛ぶ巻物と出て行くエパ升」に続いて新たな幻を見ます(1-3節)。戦車は馬に引かせる2輪の乗り物で、戦争における攻撃用の武器です(1節)。第一の幻では巡察隊として馬が出てきましたが、この幻では敵を滅ぼすための戦隊として馬が用いられています。四台の戦車隊は青銅の山の間から出て来ました(1節)。この2つの山がどこなのか定かではありません。ただし、青銅は兜やよろい、すね当て、盾といった防御の武器に使われていますから、この登場の仕方は四台の戦車が完全な強さを備えていることを象徴しています。

 

 四台の戦車には、それぞれ赤い馬、黒い馬、白い馬、斑毛の強い馬が数頭つながれていました(2-3節)。「斑毛の強い馬」は模様や色味が強い馬であり、馬の力が強いのではありません。口語訳では「斑のねずみ色」となっています。4つの色については何らかの象徴と思われますが、ここで大事なのは色ではなく、次に語られるように四台の戦車が四つの方向に割り当てられていることです。

 

 ゼカリヤは四台の戦車について伝令役の御使いに尋ね(4節)、彼はこう答えました(5-6節)。「天の四方」は東西南北ですので、地上の全方向を指しています。さらに、風は「神の霊」と同じことばですから、神が地上のあらゆるところに及ぶことを意味しています。そして「全地の主の前に立った後に、出て行くことになる。」とあるように、四台の戦車は主の前に立って出陣命令を受けて四方に出て行きます。6節のように、それぞれの戦車が割り当てられた方角に出陣するのです。ただし、6節では赤い馬と東が抜けています。これについては「東はアラビア砂漠を指していて、この時代はイスラエルの脅威ではなかった/この説明の節が欠けた」などの解釈がありますが、いずれも定かではありません。ここで大事なのは先ほども申しましたように、四台の戦車は主の代理として地上のすべてに戦いに出て行くことです。つまり、主ご自身の力が全地に及ぶのです。

 

 続けて主は四台の戦車が具体的に何をするのかをゼカリヤに教えました(7-8節)。「強い馬たち」はすべての戦車を指しています。「それらは地を駆け巡ろうとしていた」とあるように、四台の戦車は敵を見つけ次第滅ぼそうとウズウズしています。それで「行って、地を駆け巡れ」という主の命を受けてすぐに出陣するのです。

 

 四台のうち、黒い馬の戦車は北の地で「わたしの霊を鎮め」ました(8節)。「わたしの霊を鎮める」とは「主の心を鎮める/休ませる」ことです。主は巡察隊の報告を受けてこう語りました。「しかし、わたしは大いに怒る。安逸を貪っている国々に対して。(1:15)」主はご自身に対して高慢になり、やりたい放題悪をなしている国々に激怒しています。つまり、戦車がそういった地上の悪を滅ぼすから、主の怒りが収まり霊が鎮まるのです。ただ、ここで北の地だけを扱っているのは、この時代最も悪であるバビロニアやペルシアがイスラエルの北方から攻めてきたためと思われます。エパ升の幻で、バビロニアの都が悪の聖地として描かれているように、主は地上の悪の代表として北の地を取り上げたのです。それゆえ、主は四台の戦車を全地に派遣して、悪をなすものすべてに怒りを下し、完全に滅ぼすのです。

 

 預言者ハバククは、神の国イスラエルが背きによって滅亡するのを認めました。その一方、残虐な国について神にこう訴えています。「あなたの目は、悪を見るにはあまりにきよくて、苦悩を見つめることができないのでしょう。なぜ、裏切り者を眺めて、黙っておられるのですか。悪しき者が自分より正しい者を吞み込もうとしているときに。(ハバクク1:13)」人の目からすると、神は悪を見逃していたり見落としているように思えます。けれども神は「行って、地を駆け巡れ」と命じ、四台の戦車は四方に散ってすべての悪を滅ぼします。そのために巡察隊が全地を巡っています。私たちはその時がいつなのかはわかりません。けれども、「その日(2:11,3:10)」と呼ばれる「主の日」に神の国が完成し、それ以外の地上の悪は一掃されます。今、帰還したエルサレムの人々は敵の妨害にあっています。また、現代も神を畏れず乱暴であわれみの無い国や人が世界中にあります。そのような状況の中で、この幻は人の心を静め希望となるのです。

 

Ⅱ.主は八つの幻を通して、ご自身が神の国を完成することをゼカリヤに明らかにした(「八つの幻」のまとめ)

 さて、八つの幻のまとめとして、主はこれらを通してゼカリヤに何を伝えたのかを見てゆきます。八つの幻はそれぞれの内容から4つのペアになります。

A:第一の幻…主の巡察隊

  B:第二の幻…四つの角と四人の職人

    C:第三の幻…測り綱を持った人

      D:第四の幻…大祭司ヨシュアの役割

      D’:第五の幻…総督ゼルバベルの役割(金の燭台と2本のオリーブの木)

    C’:第六の幻…空飛ぶ巻物

  B’:第七の幻…出て行くエパ升

A':第八の幻…四台の戦車

 

・A-A':全地の巡察と悪の滅亡

・B-B':邪悪な国について

・C-C':エルサレム再建(物質面、信仰面)

・D-D':神の国復興の責任者

 

 ここから2つのことがわかります。一つは、神がこの地上のすべての悪を根絶することです。もう一つは、神の指導によって神の民が神の国を再建するということです。ただし、完成は若枝であるメシアによってなされます。また、実際には2本のオリーブの木である大祭司ヨシュアが信仰面を、総督ゼルバベルが行政面を指導します。つまり、主は神の国の再建と完成がどのようになされるのかを、八つの幻を通してゼカリヤに伝えているのです。

 

 主はや八つの幻に先立ってゼカリヤにこう言いました。「あなたは人々に言え。『万軍の【主】はこう言われる。わたしに帰れ。──万軍の【主】のことば──そうすれば、わたしもあなたがたに帰る。──万軍の【主】は言われる。』(1:3)」主はご自身に帰る者、すなわち万軍の主なる神を信頼して従う者に帰る、と約束しました。すなわち、その者を祝福するのです。そして、この約束が「神の国の再建と完成」であることを八つの幻を通してゼカリヤに教えたのです。

 

 捕囚からエルサレムに戻った民がまずしなければならないことは、神の約束を信じて自らが聖くなることです。自分たちを支配しているペルシアからの解放や敵を倒すことではありません。主の日に若枝であるメシアが神の国を完成します。そのとき、神を畏れない安逸を貪っている国々を神は塵を完全に吹き飛ばすごとく滅ぼします。このことに希望を置いて、ただ神に従うことが彼らの平安と喜びになるのです。そのために、預言者ゼカリヤを通して主は大祭司ヨシュアと総督ゼルバベルに助言し、神の国完成に至るまで神の民を正しい方向に導くのです。

 

■おわりに

 ヨハネの黙示録を見ると、若枝であるイエス・キリストが再びこの世に来たとき、キリストを救い主と信じた者は完全に聖い者と見なされ、神の国である天の御国に入ります。「神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。(黙示録21:4)」とあるように、天の御国は完全な平安(ゼカリヤ2:5)と完全な喜び(ゼカリヤ2:10)しかありません。その一方「しかし、すべての汚れたもの、また忌まわしいことや偽りを行う者は、決して都に入れない。(黙示録21:7)」とあるように、神に従わなかった者は御国に入れないばかりか、永遠の滅びに投げ込まれます。四台の戦車隊はこのことを象徴しています。

 

 私たちは天の御国という約束を希望として、その途上を生きています。ただし、天の御国に至るまでの間、すなわちこの世においては神を畏れない邪悪がはびこり、その世界を私たちは神の民として生きることになります。けれども、心配はいりません。私たちにも預言者ゼカリヤであり大祭司ヨシュアであり総督ゼルバベルであるキリストがいつもともにいてくださるからです。天の御国に至るまでキリストが私たちを助けてくださるから、私たちは安心して神の民として輝きながら歩めるのです。

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